循環器シリーズ6:循環器の薬

今回は動物の心臓病で処方される薬について、当院での新しい取り組みと共にご紹介させていただきます。

心臓病と薬について

多くの心臓病は徐々に進行していくため、進行を遅らせる薬を投与して治療していきます。

また、心臓病の症状がある場合は、心臓の負荷を減らして症状を緩和させる薬も投与していきます。

心臓病の種類によっては、治療に外科手術が選択されることがあります。

こうした場合でも、心臓の状態をより良くして手術成績を向上させるために、手術前に薬が必要になります。

薬の種類について

心臓病の際に処方される薬は様々な種類がありますが、処方されることが多いのは以下の5種類の薬です。

①血管拡張薬

②利尿薬

③強心薬

④β遮断薬

⑤抗血栓薬

①血管拡張薬

主な血管拡張薬:アラセプリル、ベナゼプリル、アムロジピン、硝酸イソソルビドなど

名前の通り、全身の血管を広げることで心臓の負担を減らす薬です。

心臓病では血管が収縮して高血圧になり、血液の流れが悪くなってしまうことがあります。

血管拡張薬は、血管を広げて血圧を下げたり、血液を流れやすくすることで、心臓の負担を減らしてくれます。

作用するメカニズムの違いなどから、様々な種類があります。

②利尿薬

主な利尿薬:フロセミド、トラセミド、スピロノラクトンなど

尿量を増やして体の水分を減らすことで心臓へ戻る血液の量を減らし、心臓の負担を減らす薬です。

心臓病が悪化すると全身に浮腫(むくみ)が出ることがありますが、この浮腫の改善にも効果があります。

③強心薬

主な強心薬:ピモベンダン

心臓病で低下してしまった心臓の動きをサポートし、強めてくれる薬です。

ピモベンダンは血管拡張作用も持つとされており、動物の心臓病で非常に高い治療成績を挙げています。

④β遮断薬

主なβ遮断薬:アテノロール、カルベジロール

心臓の動きを休ませる

心臓病では血液を全身に送る能力が低下してしまいますが、心臓は脈を早くしたり、動きを強くしてそれを補おうとします。

その結果、心臓が頑張り過ぎている状態になってしまうと、逆に心臓病が悪化する原因になってしまいます。

こうした頑張り過ぎている心臓を休ませるのがβ遮断薬です。

猫の心臓病で処方されるケースが多い薬です。

⑤抗血栓薬

主な抗血栓薬:アスピリン、クロピドグレル

進行した心臓病では、心臓の中で血栓(血の塊)ができやすくなり、流れ出た血栓が血管を塞いでしまうことがあります。

この血栓を予防するのが抗血栓薬です。

β遮断薬と同じように、猫の心臓病で処方されるケースが多い薬です。

当院での新しい取り組みについて

医学の世界では、常に新しい研究が進められています。

心臓病の分野でも、新しい薬が開発されたり、今まで別の病気で処方されていた薬が、実は心臓病にも効果があることが判明したりしています。

人の心臓病で高い治療成績を挙げて注目されている薬の1つに、SGLT2阻害薬という薬があります。

元々は糖尿病の治療薬として処方されていましたが、心臓病や腎臓病にも効果があることがわかってきました。

先程お伝えした薬の種類としては利尿薬になりますが、それ以外にも、心臓や腎臓の保護作用があるとされています。

動物では心臓病や腎臓病に対して処方されることがまだ少ない薬ですが、今後、研究が進む薬として期待されています。

当院での新しい取り組みとして、このSGLT2阻害薬を治療の選択肢に取り入れています。

まず標準的な薬で心臓病の治療をさせていただいて、

その後の病状によっては、追加治療としてSGLT2阻害薬をご案内する、という流れです。

症例紹介

最後に、SGLT2阻害薬を処方した心臓病の症例を紹介させていただきます。

患者様の情報:猫、アメリカンショートヘア、11歳、男の子

4年前に肥大型心筋症と診断し、ずっと治療を頑張っている患者様です。

左心室の心筋肥大、左心房の拡張を認め、肥大型心筋症と診断

β遮断薬のアテノロールから治療を開始し、病気の進行に合わせて、

血管拡張薬のベナゼプリル、利尿薬のスピロノラクトン、強心薬のピモベンダンを、順次追加していきました。

治療の効果もあって全身状態は落ち着いていますが、血液検査では、心臓項目のNT-proBNPの値が高いまま下がらず、血液循環不全からの腎臓の負荷も出始めていました。

血液検査結果①(心臓・腎臓項目のみ抜粋)

NT-proBNP:802 pmol/L (正常値:≦100 pmol/L)

尿素窒素:61.0 mg/dL (正常値:17.6~32.8 mg/dL)

クレアチニン:1.94 mg/dL (正常値:0.90~2.10 mg/dL)

こうした場合には利尿薬を追加して対応することも多いのですが、今回の症例の患者様の場合は、

以前に利尿薬のスピロノラクトンを増量して腎臓への負荷が増加した経緯がありました。

そのため、飼い主様とお話しさせていただいて、

腎臓保護作用もあるSGLT2阻害薬のダパグリフロジンを追加処方しました。

そして1ヶ月後の血液検査で、数値の改善が認められました。

血液検査結果②(心臓・腎臓項目のみ抜粋)

NT-proBNP:673 pmol/L (正常値:≦100 pmol/L)

尿素窒素:48.4 mg/dL (正常値:17.6~32.8 mg/dL)

クレアチニン:1.84 mg/dL (正常値:0.90~2.10 mg/dL)

NT-proBNPは高値のまま推移し続けていたのですが、減少傾向が認められました。

SGLT阻害薬は利尿薬でもありますが、腎臓への負荷は出ず、むしろ尿素窒素の値が改善していました。

全身状態も変わらず安定していましたので、薬は継続処方としました。

今回のSGLT2阻害薬の短期間の治療効果は、非常に良好なものでした。

ただ新しく導入した薬ですので、経過をしっかりと注視して進めていく予定です。

獣医師 矢野