2026/05/14
循環器内科
循環器シリーズ8:犬の僧帽弁閉鎖不全症と新しいお薬の可能性

今回は、以前別々にご紹介させていただいた、僧帽弁閉鎖不全症という心臓病とSGLT2阻害薬という
薬について、症例紹介とともに、再びお話させていただきます。
僧帽弁閉鎖不全症とは
高齢の小型犬において非常に多い病気であり、飼育されている動物の平均寿命が長くなっていることで、出会う機会が増えている病気の一つです。
病態
心臓には血流をコントロールするための4つの弁があり、心臓の動きに合わせて開閉することで、血液をスムーズに送り出しています。
その中で最も大きい僧帽弁に問題が生じ、きちんと閉じなくなるのが僧帽弁閉鎖不全症です。
弁が閉じきれないことで血液の逆流が起こり、全身の血液循環が乱れてしまうほか、心臓自体にも負担がかかってきます。
症状
初期の僧帽弁閉鎖不全症では症状は認めませんが、進行していくと咳が出たり、運動時に疲れやすくなるなどの症状が出てきます。
さらに進行していくと、呼吸困難、チアノーゼ、失神などの症状がみられ、亡くなることもあります。
診断と治療
胸部レントゲン検査と心臓超音波検査で、診断と重症度の評価をしていきます。
治療は検査結果に基づき、心臓の負担を減らしたり、合併症を抑えたりする内服薬での治療が主体になります。
ピモベンダンという薬が僧帽弁閉鎖不全症において非常に高い治療成績をあげており、現状では治療の中心的な役割を果たしています。
また状況によっては、外科手術やカテーテルによるクリップ術などを選択するケースもあります。
根本的な問題解決には外科手術などが必要ではありますが、手術前の状態改善のためであったり、手術や麻酔のリスクが高い動物のためにも、薬での治療は非常に重要です。
SGLT2阻害薬とは
SGLT2阻害薬は、人の医学領域で心臓病の治療薬として注目されている薬の1つです。
元々は血糖値を下げる糖尿病の治療薬ですが、研究が進み、心臓病にも有効なことが分かってきました。
また心臓病以外に、腎臓病や体重減少(ダイエット)にも有効とされています。
動物の獣医学領域でも、糖尿病の治療薬としての報告が中心ではありますが、
少しづつ研究報告や症例報告が出てきています。
心臓病や腎臓病での追加の研究報告が期待されています。
SGLT2阻害薬の作用
腎臓は血液中の老廃物を取り除き、尿として体外へ排出する臓器です。
血液から老廃物を取り除く際、糖などの栄養成分も一旦は取り除き、後から再吸収することで、体外へ出る前に回収するという仕組みになっています。
SGLT2阻害薬は、この時の糖の再吸収を抑制し、体外へと排出させます。
その結果、血液中の糖の量(血糖値)が減少していきます。
なお、糖の排出が増えますので、体重減少効果があるとされています。
心臓への作用はまだ分かっていないことが多いのですが、利尿作用があることが分かっていますので、高血圧や血液のうっ滞を改善してくれます。
また心臓負荷によって起こる心臓肥大や心臓拡大の改善、心臓のエネルギー代謝の改善、交感神経の活性化を抑えて心臓を休ませるといった、心臓保護作用なども示唆されています。
症例紹介
SGLT2阻害薬を処方させていただいた僧帽弁閉鎖不全症の症例をご紹介します。
患者様の情報:犬、チワワ、10歳、男の子
以前に呼吸がハアハアして食欲が落ちているとの主訴で来院され、胸部レントゲン検査や心臓超音波検査で僧帽弁閉鎖不全症と診断し、1年以上生活を送っている子です。
薬は強心薬のピモベンダン、利尿薬のフロセミドとスピロノラクトン、血管拡張薬のベナゼプリルを処方していました。
体調に大きな問題はなかったのですが、いつもの定期チェックの際に、心臓超音波検査の数値に悪化が認められました。



なお心臓超音波検査では、心臓の状態を把握するための計測項目が沢山あるのですが、よく計測される2項目に絞ってお話しします。
左心房と大動脈の大きさの比率(左房大動脈径比)で心臓拡大の度合いを、
僧帽弁を通過する血液の速度(E波速度)で心臓への負荷の度合いを見ていきます。
左房大動脈径比:1.95→2.30 (正常値:1.6未満)
E波速度:110→152 cm/s (正常値:80-100 cm/s)
左房大動脈径比とE波速度がともに上昇し、病態の悪化が疑われました。
利尿剤のスピロノラクトンをダパグリフロジン(SGLT2阻害薬)に変更して処方し、数値が改善しました。
処方変更前後での比較(SGLT2阻害薬の服用後)
左房大動脈径比:2.30→1.98 (正常値:1.6未満)
E波速度:152→112 cm/s (正常値:80-100 cm/s)
数値は高めではありますが、処方変更前より明らかに低下しました。
今回はダパグリフロジンの利尿薬としての作用が有効だったと考えられます。
また処方変更後も全身状態や検査結果は安定しており、継続の処方で経過をみています。
ダパグリフロジンの長期投与における心臓保護作用にも期待しているところです。
なお、心臓病への直接の効果ではありませんが、ダイエット効果も認めています。
元々ダイエットを頑張っていましたが、4.7kgくらいから、なかなか減りませんでした。
それがダパグリフロジンを始めて、4.72kg→4.66kg→4.58kg→4.42kgと、
毎月減少していき、現在は4.4kgくらいで安定しています。
肥満は心臓病と相性が悪い面があるので、より良い方向へ進んでくれています。
SGLT2阻害薬は、心臓病において、将来的に高い治療成績を示す可能性のある薬です。
研究段階ではありますので、慎重に導入を検討する必要がありますが、今回のように使うべき時には積極的に使うべきとも考えています。
心臓病でお困りの際には、是非ご相談ください。
獣医師 矢野
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