循環器シリーズ7:犬・猫の胸水

今回は犬・猫の胸水について、お話しさせていただきます。

胸水とは

胸水とは、背骨や肋骨に囲まれて心臓や肺を収めている胸腔という空間に、

異常な量の液体が貯まってしまう状態です。

本来、健康であれば少量の液体が胸腔には存在し、臓器が動く際の潤滑液としての役割を果たします。

しかし、この液体の産生や吸収に影響を与える病気になってしまうと、

過剰に液体が貯まってしまい、胸水が貯まっている状態となります。

大量の胸水が貯まると、肺が圧迫されて膨らむことができなくなります。

そのため体に酸素を取り込むことが出来なくなり、呼吸困難などの重篤な症状を引き起こすことがあります。

胸水の原因

胸水の原因は様々です。

・心不全

・腫瘍

・炎症

・感染

・低アルブミン血症(腸・腎臓・肝臓などの疾患による)

・外傷

・横隔膜ヘルニア、肺葉捻転など

諸説ありますが、犬では腫瘍や炎症性の疾患が多く、猫では腫瘍や心不全が多く認められるとされています。

胸水の症状

軽症であれば無症状のこともありますが、悪化するにつれて元気や食欲が無くなり、

運動不耐(運動をしたがらず運動機能も低下)が見られます。

重症になると、呼吸困難に陥ってしまい、呼吸が浅く早くなり、開口呼吸が見られます。

酸素欠乏状態であるチアノーゼや、咳が出ることもあります。

胸水の診断

まず身体検査で呼吸状態や心音などを確認し、胸水の可能性を探索します。

次に胸部のレントゲン検査を実施して、胸水の有無やその量を確認していきます。

さらに超音波検査や血液検査で胸水の原因を診断していきます。

超音波検査では胸水の詳細な場所や量も確認できますので、超音波検査時に胸に細い針を刺して胸水を採取し、

胸水の性状を分析します。時にCT検査を実施することもあります。

胸水の治療

胸水の状況によっては呼吸困難を起こしますので、その場合は酸素吸入を行い、呼吸の安定化を図ります。

そして肋骨の隙間から胸に細い針を刺して胸水を抜去します。

胸水が抜去されると肺への負荷が減り、呼吸が楽になります。

呼吸安定化の次に重要なことは、胸水の原因となる病気を治療することです。

胸水を抜去しても、原因となる病気が改善されなければ、再び胸水が貯まってしまいます。

例えば心不全が原因であれば、心臓の負荷を軽減し機能を改善させる薬を投与していきますし、

腫瘍が原因であれば、手術や抗がん剤などで治療をしていきます。

症例紹介

次に、心不全に関連して胸水が認められた症例を紹介させていただきます。

患者様の情報:猫、雑種、14歳、男の子

1週間前から呼吸の異常が見られるとの主訴で来院されました。

身体検査にて、浅く早い呼吸が認められ、また聴診をすると心音や肺音が聴取しづらくなっており、

胸水の可能性が疑われました。

そのため、酸素吸入をしながら、レントゲン検査、超音波検査、血液検査、胸水の分析を行いました。

レントゲン検査と超音波検査

大量の胸水と心不全の徴候を認め、胸水の分析も心不全からの胸水で認められる所見でした。

大量の胸水に肺が圧迫され縮小している。また胸水に囲まれて心臓の輪郭が不明瞭になっている。

心臓周囲に胸水を認める。左心室の心筋の肥大と右心室の拡張を認める。

血液検査

甲状腺ホルモン値、肝臓の数値、腎臓の数値の上昇を認めました。

以上の結果から、甲状腺機能亢進症による心不全と、心不全を原因とした胸水と診断しました。

甲状腺機能亢進症とは

甲状腺は、甲状腺ホルモンを分泌する、喉にある小さな臓器です。

甲状腺ホルモンの分泌が過剰になってしまうのが甲状腺機能亢進症で、高齢の猫に多い病気の一つです。

過剰な甲状腺ホルモンの作用により、食欲が増しているのに痩せていったり、

飲水量が増えたり、下痢や嘔吐が増えたりします。

心臓にも負荷がかかって心不全を引き起こし、その結果胸水が貯まることがあります。

血液検査でホルモン濃度を測定することで診断します。

手術を選択する症例もありますが、甲状腺ホルモンの生成を抑える内服薬での治療が一般的です。

治療

酸素吸入と胸水抜去のほか、心臓の負荷を取るために利尿薬であるフロセミドと、

抗甲状腺ホルモン薬であるチアマゾールを処方しました。

なお、チアマゾールは甲状腺ホルモン値を測定しながら、再診時に段階的に増量しました。

肝臓や腎臓は、甲状腺機能亢進症や心不全から負荷を受けますので、

まず上記の治療で改善が見られるかを注視することとしました。

経過

最初の再診時、呼吸は浅く早い状態でしたが、改善傾向を示しました。

ただ、初診時ほどではないものの、胸水が再び貯まってきていました。

そこで心臓の負荷をより軽減するために、

利尿薬のスピロノラクトンと、β遮断薬のカルベジロールを追加処方しました。

なお、スピロノラクトンとカルベジロールは急な増量で心臓や腎臓の負荷が増える可能性があるため、

段階的に増量しました。

薬の調整の後、胸水はほぼ消失し、呼吸状態も改善しました。

また血液検査では、異常が見られていた甲状腺ホルモン、肝臓、腎臓のいずれの数値も改善を認めました。

心臓周囲の胸水は顕著に改善が見られる。

現在までのところ、胸水の悪化などもなく、良好に経過しています。

継続治療が必要な疾患で、進行する可能性もありますので、

今後も定期検診で状態の確認と薬の調整を進めていきます。

獣医師 矢野