軟部外科シリーズ:猫の乳腺腫

こんにちは、獣医師の上野です。今回は猫の乳腺腫手術の一例をご紹介したいと思います。

患者様情報

動物種:猫

年齢:15歳

体重:3.5kg

主訴:腹部に二箇所しこりがある。

検査

視診・触診

左側第4乳頭付近、右側第3乳頭付近にそれぞれ皮下腫瘤を確認しました。

猫の乳腺腫の場合、約8割で悪性と言われています。

まずは良性悪性の判断のため、腫瘤のみの部分摘出を行い、乳腺全摘出の是非を判断することにしました。

病理組織検査:両側ともに乳腺腺癌

乳腺腺癌の治療の第一選択は乳腺切除です。

基本的に乳腺腺癌が確認された側の乳腺の全摘出を選択します。

今回は左右の乳腺で腺癌が確認されましたので、左右の乳腺をそれぞれ摘出する必要があります。

しかし、左右の乳腺を一度に全摘出するには以下のリスクが伴います。

大部分の皮膚を切除することになるため手術侵襲が大きくなる

 痛みが強く、食欲や元気などの一般状態に強く影響を与えます。

欠損した皮膚を寄せて縫い合わせるため縫合部の張力が著しく強くなる

 胸部・腹部への圧迫、縫合部が離開しやすくなります。

これらのリスクを回避するため、飼い主様と相談し、一度の手術では片側のみを切除し、日をおいてもう片側を切除することにしました。

腫瘤のみの部分摘出から30日後に右側片側乳腺全摘出術を行いました。

手術

乳腺全摘出を行う際は前胸部から鼠径部にかけての皮膚を乳腺組織ごと切除します。

点線に沿っての切開・切除をイメージします。

乳腺組織の取り残しがないようにしなければなりません。そのため、確実に切除するため以下の手順で手術を行いました。

1.前胸部から鼠けい部にかけて体の正中を皮膚切開を行います。

2.乳腺組織は皮膚にへばりつくように存在していますので、皮下脂肪を含めた剥離を行います。

3.剥離した皮膚を捲ると白い粒状の構造が多数目視・触知できます。

その構造が乳腺組織ですので、そこを切開のガイドラインとし、乳腺組織がすべて切除範囲に含まれるように正中とは反対側(外側)の皮膚切開を行っていきます。

4.最後尾の乳腺は鼠径部からの太い血管及びリンパ節が存在しますので、結紮を行い切除します。

切除が完了したら次は縫合です。

縫合する際に張力が強くかかる部位があります。

鼠径部と胸部です。

鼠径部は後肢の付け根であるため、運動時に張力がかかりやすく、窪みになる部位でもあるため皮下に死腔(空間)が出来やすく、離開しやすい部位です。

胸部は吸気時に胸郭が拡張しますので、張力がかかっていると吸気が阻害されてしまいます。

この二部位は縫合による張力を分散させるために寄せる皮膚の位置をずらしたり、皮膚の減張切開を行います。

今回は縫合の調整のみで上手く寄せられました。

縫合後の画像です。全部で57針縫いました。

病理組織検査結果:乳腺腺癌の完全切除、リンパ節への転移なし

部分摘出だけでは不十分で再発の可能性が非常に高い状態でしたが、これで完治が望めます。

術後の注意事項

傷が大きくなる手術ですので、抗生剤、抗炎症薬を投薬し感染と疼痛管理をしっかりと行います。

抜糸は2週間後を目安に行いますが、張力のかかり方、傷の治癒の程度によって2回に分けて抜糸を行うこともあります。

術後の経過

体調が戻るまで1週間ほどかかりましたが、傷の治癒は良好で離開することもなく、2週間で抜糸が行えました。

今回の手術の45日後に左側乳腺の摘出を行いました。

病理組織検査の結果は乳腺の過形成ということで、乳腺腺癌は部分摘出で取り切れていました。

これで今年の手術の紹介ブログは最後となります。

たくさんの手術を経験させていただき、自分自身大きく成長できた実感があります。

来年もよりいっそう尽力し動物たちに還元できるよう頑張っていきたいと思います。

それでは皆様良いお年をお迎えください。